2017年4月23日 (日)

イラン映画「人生タクシー」観ました

良かった!

映画制作などを禁止されているパナヒ監督が自ら運転するタクシーの車載カメラに映った、テヘランの人びとの人生。

イランのタクシーは乗り合いのようで、そこに乗り合わせた乗客同士の死刑賛否論、

外国映画の海賊版を密売する男、

学校で短編映画作りをすることになった、監督の姪っ子(それはもう、小生意気で口達者ですばらしくキュート!)

拘禁されている仲間へ真っ赤なバラの花束を抱えて会いに行く女性弁護士

、などなど、

車載カメラの前で繰り広げられる会話から、イランの文化統制の実情が見えてきて、底知れない怖さもあるのですが、全体はドタバタに近いユーモアも覆っていて、とても素敵な映画でした。

この本編上映の前に「7分のショート映像(という言い方だったか・・・)があります」というアナウンスがありました。

普通、「予告編」というのに、?と思っていましたら、

何と森達也監督による、前座的ショートムービーでした。

映画制作を禁じられた映画監督が、高校時代の映像を編集しているところに、警察が踏み込んできて「映画を作るな」「これはえいがじゃなくて映像だ」と言い合う、コント。

途中、「映画を撮るのは禁止されているが、編集は禁じられていない」とか言うと、「へりくつ言うな。教育勅語を読め!」って、!

これは、遅れて入館したら大損ですね。

終わって外に出るとき、前を歩いて行く女性たちが、「(日本も)こうなりかけてるのかも。こわいねぇ。」と言い合ってました。

2017年4月 8日 (土)

日本ペンクラブ主催「共謀罪は私たちの表現を奪う」

昨日、日本ペンクラブ主催の表題集会に行ってきました。

1人約5分~10分×14人。私は、三人目の内田麟太郎さんの途中から入場し12人の方の発言を聞きました。

あらためて「共謀罪」の怖さがわかるお話しが、それぞれの足場から具体的に、時にユーモアいっぱいに、豊かに語られました。

森達也さんの発言で、「共謀罪」は、私が学び、心打たれそれを芯にしたいと思ってきた人間観に真っ向から反するということがはっきりわかりました。

例えば、銀行強盗を計画し、下見に行き、やっぱり止めようとなったとしても、「共謀罪」はそれを罪とする。

この法律は人間の可塑性を許さない。

また、組織の一員ということで罪に問うのは、全体でレッテルを貼る(トランプがメキシコ人ということで悪と決めつけるように)ことで、一人一人を見ない。

人は変わる。

人は一人一人違う。

 これは、私が大田堯先生から学び、そして今縁あって身を置いている教育の現場が基本理念として大切にしている人間観です。

「共謀罪」を四度目の廃案にするために、できるだけのことをせねばと焦るように思います。

以下、日本ペンクラブのツイッターにそれぞれの発言者の要所要所が紹介されています。

https://twitter.com/JapanPen?ref_src=twsrc%5Etfw&ref_url=http%3A%2F%2Fwww.japanpen.or.jp%2F

Photo
本当は寝ていたい。

2017年4月 2日 (日)

怖すぎる「新しい憲法のはなし」(那須正幹作)

昨日、<おはなしのピースウォーク>朗読CD(3枚組)で、古田足日さんの声を聞き直しました。

その際、同じ一枚目に入っている、「新しい憲法のはなし」(那須正幹作)を、実に久しぶりに聞きました。

怖い、怖すぎる。

作品は、毎日行われるようになった朝礼の場面から始まります。

気をつけをして、日の丸に向かって君が代を歌う・・・・・・。

学校にも行かない、仕事もしていない人が送り込まれる「青少年自立センター」。

そこで、徹底的にしごかれて送り込まれる「国防軍」。

学校を去って行く熱心な先生たち。

前の年に憲法が変わって、使われるようになった教科書『新しい憲法のはなし』の授業では、集団的自衛権や国民の責務が説明される・・・・・・。

作品は「おわり」と記した後一行開けて、

「これは、現在の物語ではありません。少し未来の話です。その未来が、五年先か、十年先なのか、それとも永遠に来ない未来なのか、作者にもわかりません。」
と閉じています。

シリーズ第3巻『扉を開けて』(新日本出版社 2006年)所収の作品です。

怖くて怖くて、動悸が収まりません。

2017年4月 1日 (土)

「忖度」そんなに珍しい?

「忖度」という言葉がにわかに注目を集めていますけれど、新語でもないし、にわかに発生した行動原理でもないでしょう。

「空気を読む」ってのが、コレだったんじゃないですか?

テレビの情報番組(?ニュースバラエティ?)で、「(忖度って、悪いことのように言われているけれど)気配りでしょう」という、コメントが耳に飛び込んできて、げっとなった。

類語として思い浮かぶのは、「おもねる」とか、「顔色をうかがう」とか、「寄らば大樹の陰」とか、「長いものには巻かれろ」とか、「ははー、お代官様」とかでしょ。

「忖度」を使って短文を作りなさいという問題があったとして、

「年配者に忖度してバリアフリー化を進める。」という解答があったら、私は×をつけるけれど、まったくニュートラルに「他人の心を推し量る」ことに使う言葉なのでしょうか?

力のある者が言葉で直接どうこうしろと言わなくても、思いを先取りして行動することだとずっと思ってきたのだけれど。そして、森友学園問題で使われている「忖度」は、私の理解通りだと思うのだけれど。なんか、やたら、「気配り」「配慮」、自然な感覚・・・といったコメントが耳障りです。

忖度文化に決別したい。

ってなことを考えたりする私西山、来週水曜日に銀座、教文館ナルニア国で「古田足日というバトン 平和を作る児童文学を創る」と題して話します。

日時:2017年4月5日(水) 午後6時~7時30分
会場:教文館6階ナルニア国内 ナルニアホール
定員:40名
参加費:1000円 ※当日受付でお支払いください。

【申込方法】
★ナルニア国の店頭でもお申し込みいただけます!
参加ご希望の方は、お電話でナルニア国へご連絡ください。
定員に達した時点で受付を終了します。
申込み電話番号:03-3563-0730 (午前10時~午後8時)

古田足日さんのDVD映像も紹介します。

『おしいれのぼうけん』の原画に囲まれた空間で、古田さんを通して、平和と児童文学について考える時間をご一緒しましょう。

2017年3月28日 (火)

映画「ヨーヨー・マ 旅するシルクロード」 よかった!

「ヨーヨー・マ 旅するシルクロード」http://yoyomasilkroad.com/を観ました。

よかった。

すごくよかった!

予告編で音楽に興味を持って観に行ったのでしたが、それはもちろんとてもよかったけれど、それだけではありませんでした。

銃弾と飢えの前で芸術に何ができるのか、と思ったとことのある人に薦めます。

偏狭なナショナリズムにうんざりしている人に薦めます。

文化とは何か、

伝統とは何か、

大地に根を下ろすとはどういうことか、

などなど、ヨーヨー・マ始め、登場アーティストたちの言葉が深く、ほんとに観て良かったと思いました。人間って捨てたもんじゃないとわくわくしました。

ロックの起源と豪語する、中国の人形劇団のおじさん(おじいさん)たちの演奏も一見の価値ありhappy01

2017年3月26日 (日)

シンポジウム「沖縄の情報は本当に伝えられていないのか」

寒い日曜でした。

丸木美術館で開かれている特別展「美しければ美しいほど」http://www.aya.or.jp/~marukimsn/の関連イベントとして開かれた表題シンポジウムに行ってきました。

●シンポジウム「沖縄の情報は本当に伝えられていないのか」
3月26日(日) 15時より 予約不要・無料(入館料別途)
登壇者
伊藤守(メディア研究/早稲田大学教授)
津田大介(ジャーナリスト/メディア・アクティビスト)
毛利嘉孝(社会学/東京芸術大学教授)
新垣毅(琉球新報社東京報道部長)
モデレーター 木村奈緒(フリーライター)
共催 早稲田大学メディアシティズンシップ研究所

以下、それぞれのご発言から特になるほどと思ったところを挙げておきます。(西山理解による言い換え、お許しください。)

津田大介氏

この5年間でスマホユーザーは7倍以上、ツイッター利用者は6倍以上に膨らんでいて、それまで調べた(検索した)人に対してしか情報を発信できなかった発信不得手のネットが、

情報が勝手に目に飛び込んでくる様な形で発信できるようになった。

そんな状況の中、客観的事実より感情的訴えを重視する「ポスト真実」が幅をきかせるようになっている。かつては見向きもされなかった所行、考え方に一定の支持が集まるようになっている。

真実は一つではないというポストモダンの考え方を政治家が言うようになったという一言は非常に気になる指摘でした。

毛利嘉孝氏

たくさんのデータを示されて、「日本人は報道をものすごく信用しているけれど、世界は日本のメディアを信用していない」というご発言が、おもしろかったです。

世界の新聞売り上げベストテンに日本の新聞が5紙だったか、入っているんですね。

しかし、新聞を読む時間もテレビを見る時間も各世代減っているというデータも示されました。

伊藤守氏

ニュースを見たり聞いたりする手段の変化によって、沖縄の情報にたどり着くためにハードルが増えている人と、容易になっている人と分極化が進んでいる。

広告の文字が目に飛び込んでくるだけで言論空間が変わっていくという指摘は、本当にそうだろうと思いました。電車のつり広告が吐き散らしているヘイトタイトルは、空間に嫌な空気をまき散らしていると思います。

琉球新報の新垣毅氏による、三氏の報告を聞いての発言は本当によかったです。

まず、沖縄と本土の「温度差」という表現がよくされるが、この言葉大嫌い。自然現象のように言っていて嫌いだという発言にはっとしました。「戦争になって」のような、戦争を季節みたいに言う表現には反発していましたが、私自身「温度差」という言葉を無自覚に使ってきた気がします。猛省。

氏は、「温度差」ではなく、それは歴史認識の違いだと明言されました。

沖縄戦から考えるのか。

中韓脅威論に立って、国益に反する沖縄は国賊だと考えるのか。

しかし翻って自分が沖縄戦をきちんと伝えられているかというと、それが実に難しい。

沖縄戦の体験者は、その経験が惨すぎて話せない。取材に行って水を掛けられたとか、それでも食い下がってようやく20分?だけ、もう二度と話さないと言われたり。

話者の涙と沈黙から、沖縄戦を感じ取る訳だが、それを言葉で文字にしたところで無味乾燥なものになってしまう。しかし、映像など芸術が(涙や沈黙から受け取ったものを)伝えてくれる。

今起きていること、本質に迫る努力、探求することはできる。

この新垣さんのお話しは、児童文学の立場で考えさせられるものでした。

沖縄の情報を得るため、日本の今を知るため、琉球新報や沖縄タイムスを講読することがとても有効であることが、津田さんから繰り返し提案されました。

6月10日、11日<子どもの本・九条の会>九周年記念イベントでは、初日午後、琉球新報政治部長・島洋子さんにお話しいただくことになっています。

後日詳細お知らせします。

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内容と関係ないよう♪

2017年3月25日 (土)

古田足日というバトン~平和を作る児童文学を創る~

こんばんは。

4月5日に、以下のような機会をいただきました。

以下、教文館「ナルニア国」HPイベント情報より・・・・・・

童心社60年展―ずっと子どもと もっと子どもと― 関連イベント(主催:教文館ナルニア国)

西山利佳さん講演会
“「古田足日」というバトン〜平和を作る児童文学を創るために〜”

『おしいれのぼうけん』『ロボット・カミイ』『モグラ原っぱのなかまたち』『大きい一年生と小さな二年生』『宿題ひきうけ株式会社』…… ワクワクする出来事で満ちた日常の中の子どもを描いた数多くの作品が、今も小学生を中心に愛読されている古田足日さん。そのお仕事は児童文学の創作にとどまらず、多くの方に影響を与えました。2007年には「平和あっての子どもの本」と“子どもの本・九条の会”を呼びかけられ、その設立に尽力されたことをご存知でしょうか。教育基本法に続き、憲法までも変えられるようとする時代にあって、私たちは古田足日さんからのメッセージをこれまで以上に重くしっかりと受け止めなければなりません。古田さんと共にお仕事をされ、その人となりをよく知る西山利佳さんをお招きしてお話を伺います。皆様のご参加をお待ちしております。

日時:2017年4月5日(水) 午後6時~7時30分
会場:教文館6階ナルニア国内 ナルニアホール
定員:40名
参加費:1000円 ※当日受付でお支払いください。

【申込方法】
★ナルニア国の店頭でもお申し込みいただけます!
参加ご希望の方は、お電話でナルニア国へご連絡ください。
定員に達した時点で受付を終了します。
申込み電話番号:03-3563-0730 (午前10時~午後8時)

2017
卒業パーテーでいただいた花束。

2017年3月20日 (月)

ことばはどう抑え込まれていくのか

「日本児童文学者協会子どもと平和の委員会」と「子どもの本・九条の会」共催の学習会、大盛況でした。

藤田のぼるさんは、1980年の国語教科書攻撃と、それに対する抗議の経緯を中心に話されました。

「偏向」していると攻撃された「おおきなかぶ」と「かさこじぞう」が全文朝日新聞に載るに至るほどの大きな「事件」の、抗議の中心だった日本児童文学者協会の事務局にいて多くのマスコミに対応した実感から、抗議の声を上げることの重要さを説かれ、実に納得しました。

マスコミは「〇〇は・・・・と言っている」というスタンスで情報を発信するため、抗議側が声を上げないと、一方の主張だけになってしまうのです。

古田足日さんからの提案で、迅速に抗議声明も出されたとのことでした。

そしてまた、古田さんはこの出来事をきっかけに、子どもが本を読む意味を考え続け、文学を読むという「美的体験」の大切さを語るようになったとのご指摘。

ああ、それは、求めていた「戦争児童文学」についても言える、というか、それがとても大事なポイントだったのだと今更ながら自覚させられました。

その、古田足日さんの平和への思いについて、以下のような機会を控えております。

以下、教文館ナルニア国HPイベント情報より抜粋です。

童心社60年展―ずっと子どもと もっと子どもと― 関連イベント(主催:教文館ナルニア国)

西山利佳さん講演会
“「古田足日」というバトン〜平和を作る児童文学を創るために〜”

日時:2017年4月5日(水) 午後6時~7時30分
会場:教文館6階ナルニア国内 ナルニアホール
定員:40名
参加費:1000円 ※当日受付でお支払いください。

【申込方法】
★ナルニア国の店頭でもお申し込みいただけます!
参加ご希望の方は、お電話でナルニア国へご連絡ください。
定員に達した時点で受付を終了します。
申込み電話番号:03-3563-0730 (午前10時~午後8時)

2017年3月19日 (日)

当ブログタイトル由来

当ブログのタイトルはご覧の通り「もしもしあたりRICAさん」と言います。某友人に「いい年してRICAちゃんかい」と突っ込まれましたが、いえいえ「りかちゃん」ではない。(「りかさん」です。梨木香歩の『りかさん』を読んだとき、なるほど!と大人っぽく改名したのです。)
それにしても、「おいおい」なタイトルだとは思います。
しかし、これにはそれなりに歴史があり、私なりに意味も込めておりますので、よろしかったら読んでください。

私はちょうど一年前まで、都内の私立校で国語の講師を務めていました。「国語の先生」として、授業内では語りきれなかったこと、派生して伝えたくなったことなどがどんどん湧いてくるので「これでもこくごかつうしん」という角書き付きで「もしもしあたしRICAちゃん」という手書きの通信を発行し始めました。あくまでも授業を担当しているクラスの生徒対象で講師仲間や親しい先生数人に配るだけの、読者限定手作り通信でした。
本当に気まぐれに出すので、1年で数枚の年もあれば、多くても十数枚だったか・・・・・・。
それをまとめたもの、梨の木舎から2冊出していただいております。(『もしもしあたしRICAちゃん』1996年、『りかちゃんの国語科通信』2008年)

この通信、誰に頼まれたわけでもなく細々と続いたのは、たま~に「RICAちゃん」出ないの?とか「楽しみにしてる」とか嬉しいことを言ってくれる生徒や大人がいたからなのです。

去年、この通信を出し続けていた学校を離れることとなりました。
在職年数と共に巻を重ね、いつしか、第29巻になっていた通信も自ずと終巻となりました。
ところが、年賀状に、「もしRICA」書いてとひと言添え書きをしてくれた方がいらしたのです。29年間、そういうひと言に背中を押されていた私、はっとしました。
また、去年、通信のスタート期に出会った生徒から、SNSで連絡が入ったという嬉しいびっくりがありました。

そして、
今年度から短大に職を得て、卒業していく学生から、これからもお薦めの会や本の情報が欲しいと言ってもらい、

ああ、巣立っていった生徒、学生たちにも語りかける場所を開いておくことは必要なのではないか、そう思ったわけです。

厚労省は保育所の運営指針の2018年度からの改定案に、3歳児以上の幼児を対象に国旗と国歌に「親しむ」と明記したとそうです。

現政権は、塚本幼稚園的な教育や保育を主流にしたがっています。教育勅語への猛烈なアンチとして、日本国憲法の理念実現のために制定された「教育基本法」(1947年)を、「愛国心」を盛り込んだ復古的な内容に改訂したのは、第一次安倍政権。2006年のことです。

これから保育や教育の現場に出て行く若者は、都立高の教員が「日の丸・君が代」に苦しめられているような状況に、嫌でも立たされることになるでしょう。

私は、彼女ら彼らの闘いに、かすかでも力になりたい。せめて、心を寄せていると、味方だと表明しておきたい。

そんな思いで、生徒に語りかけるために始めた通信のタイトルを、ブログのタイトルにします。

そこで、明日のこと。

3月20日 午後1時半スタートで 以下の学習会があります。

児童文学評論家藤田のぼるさんによる講演「児童文学と教科書をめぐって」と、親子読書運動の広瀬恒子さん、絵本作家の和歌山静子さん、児童文学作家きどのりこさんによるシンポジウム 「子どもの本の可能性    幼年に平和は伝えられるか」

file:///C:/Users/RICA/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/CKX1YOQT/kodomonohon.pdf

きっとたくさんの方がご来場だと思います。

もっとはやく宣伝しろよあたし、だと思います。

2017年3月12日 (日)

今後よろしくお願いします

こういう場合どのように語り始めればよいのかと惑いつつ・・・・・・。
私は、2009年から、雑誌「日本児童文学」の編集長として、日本児童文学者協会のホームページ内ブログ「編集中記」を、
2013年からは、同会研究部長として同ホームページ内「研究中記」を書いてきた西山利佳と申します。
役目交代に伴い、児文協HP内ブログも書き手が交代して後、新たに書く場を設けることなく半年ほど経過しました。
それはそれでよいような気もしておりましたが、ささやかながら発信したいことがないわけでもなく、自分のブログを開設してみることにしました。
ブログ開設のきっかけはまたおいおい書こうと思います。

きょうは、6年目の3月11日の報告方々ご案内です。
「井上洋介没後1周年大誕生会」http://www.gallerycomplex.com/schedule/Hall17/tomsbox.htmlに行ってきました。
想像を超えたスペースにぎっしりのタブロー画は、鬼気迫る迫力なのだけれど、ユーモアを感じさせ、たくさんの生きのいい死者たちに取り囲まれている気がしました。そんな中で、2時46分を迎え、ひっそり黙祷しました。

Photo_5

明日というか、今日12日17時までだそうです。
びっくりするほど結構たくさんの人が来ていました。

あと、今日は濱野京子作『ことづて屋 よりそう人』を読みました。
死者の声を伝える主人公のシリーズ三作目も、やはり「3.11」の死者に寄り添うドラマを含んでいます。なんども「あの日」に思いを馳せながら、この小説を読むことが、今日の私の追悼でした。

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